「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。 「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
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■ CD作り=バカボン
2005年08月03日 (水) 02:23 * 編集
CD製作第二弾は、バカボン。

「これでいいのだ」

この一言に尽きる。
2チャンネルのスレ 「精神世界で癒される」(リンクから飛べます)での道中語り合いから導かれた言葉。
スレ主、単、直さんにインスパイアされ作りますた。

1 矢野顕子  バカボン
2 THE BEATLES - ACROSS THE UNIVERSE
3 Janis Joplin -Summertime 
4 Janis Joplin - amazing grace
5 BEATLES W. JIMI HENDRIX - DAY TRIPPER (LIVE)   ブートなのでベスト版を
6 DOORS -JIMI HENDRIX AND JIM MORRISON- IN THE MORNING  同じく
7 Byrds - Eight miles high
8 NORMAN GREENBAUM - SPIRIT IN THE SKY
9 pink floid See Emily Play
10 細野晴臣 X 横尾忠則 ハム・ガラ・サジャン
11 エボニー・ウェッブ  ディスコお富さん   アナログ起こしをしたが、まさかCDがあるとは
12 Jazztronik Feat. Sandii - Tiki Tiki
13 ゴールデン・ハーフ チョットマッテクダサイ
14 中谷美紀  マインド・サーカス
15 DEREK TRUCKS BAND - JOYFUL NOISE クリシュナムルティの言葉を引用してます
16 忌野清志郎 仕草
17 ネーネーズ テーゲー(LIVE)
18 bob marley & the wailers  one love_people get ready (12mix)
19 (天才バカボンOP)天才バカボン アイドル・フォー

LOVE LIFE
矢野顕子

レット・イット・ビー Greatest Hits (Exp) Experience Hendrix: The Best Of Jimi Hendrix ベスト・オブ・ドアーズ 2000 (2CDヴァージョン) The Very Best of the Byrds Spirit in the Sky [Varese] Echoes: The Best of Pink Floyd COCHIN MOON (コチンの月) ディスコ歌謡コレクション キング編*ディスコお富さん TIKI TIKI フラワー・ポップス・シリーズ(4) 黄色いサクランボ~ベスト 食物連鎖 Joyful Noise GOD コザ~ベスト・コレクション ソングス・オブ・フリーダム 天才バカボン
     復刻 赤塚不二夫傑作作品集「天才バカボン」

■ CD作り=箱庭療法
2005年07月29日 (金) 00:35 * 編集
音楽CDを作るのが趣味だ。
箱庭療法とはこんな感じ http://www.f5.dion.ne.jp/~with/hakoniwa.htm
ただし箱庭療法を実際に行ったことはないのであるが、CD作りがその代わりになってきたような自覚はある。それはどんな方法かというと単に好きな曲を順番に並べていき、好みのCDを作るという話である。単にマイ・ベスト・CD作りということを、ちょっと大げさに言ってみてるだけの話でもある。昔はカセットテープで行っていた。好きな曲を順番に並べていく。
つなぎ目、曲間を調整するため、何度も早送り、巻き戻しを行い、音のレベルを調整し、次の曲の始まりを見計らって、何度も何度もやり直したりする。
その次は、ターンテーブル(レコードプレイヤー)2台と、CDプレイヤー(普通の)2台とミキサーを買って、テープを作っていた。これで曲間をつないだりできるようになったのでかなり幅が広がったような気がする。ただしこれはリアルタイム一発勝負なので途中で失敗したらやり直しがきかない。ターンテーブル2台持ってはいるが、ヒップホップDJのようなスクラッチはできないし、せいぜいリズムに合わせてつなぐくらいだ。BPMを合わせることも結局できないままであった。
私の好きな曲は範囲が広く、だいたいあらゆるジャンルを聞く。テープも気分に合わせて色々な曲を入れるので、リズムでつなぐより、曲の雰囲気、曲の終わりと始まりの感じ等でつなぐことが多いので、曲をかぶせることができることは非常にありがたかった。

今はこの作業をパソコン上で行っている。何度でもやり直しがきくし、音のかぶせ方も自由にできるので、非常に重宝している。しかし、今はもう音をかぶせたりしないで曲の並びを重視して作っているので微妙な調整しか行っていない。そんなに時間がとれないということと、音楽に対する執着が以前ほど強くなくなっているからだろう。

久しぶりにそんなのりでCDを作った。 2005.7.27

1   M. S. Subbulakshmi 01 More To Giridha Gopal インド声楽の巨匠
2  カザルス 08 白鳥(サン=サーンス) チェロの巨匠(小学校の給食時間を思い出します)
3  三橋貴風と尺八ゾリステンJr 月の光  尺八によるドビュッシー
4   ジェフリー・シーゲル  前奏曲 ト長調 作品32-5 (ラフマニノフ)
5  james galway 03 Reverie (Debussy)           
6   Slava 03 ave maria (Bizet)                  カウンター・テナー
7  川畠成道  前奏曲とアレグロ_プニャーニの様式による(クライスラー)
8  J.P.ランパル マルティーヌ・ジェリオ 魅惑の夜明け 
9  j.j.バルビエ  ジムノペディ (サティ)
10 David Sylvian - The Song Which Gives the Key to Perfection インド ヴェーダ?の詠唱
11 ラフマニノフ  02 Lilacs, Op.21, No.5   ロールピアノシートによる本人の演奏
12 tomita isao 04-Clair de lune(月の光) シンセサイザーの古典
13 ヤン富田  summer song  スチール・ドラムによるデイブ・ブルーベック        
14 cocteau twins 10 Donimo   ロック イギリス ニュー・ウェイヴ
15 Toumani Diabate and Ballake Sissoko 08-Yamfa アフリカ マリ コラ(ひょうたんで作った弦楽器)非常に透明な音 これは絶対おすすめ
16 les baxter 2-19 The Left Arm Of Buddha   エキゾティック

2, 5, 6, 7, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16
パブロ・カザルスの芸術Debussy for Relaxationベスト愛の悲しみカンファラフマニノフ・プレイズ・ラフマニノフ月の光MUSIC FOR LIVING SOUNDTreasureNew Acient StringsExotic Moods of Les Baxter
1. M. S. Subbulakshmi http://www.indo.to/log/archives/pickup.php?page=2
■ 上原知子 りんけんバンド
2005年06月30日 (木) 01:15 * 編集
りんけんバンドのライブを見た

結婚式の2次会が終わった後、“カラハーイ”に行った。りんけんバンドの音楽的拠点のライブハウスで、ライブを見ながら食事もできる、料理もおいしいということであった。同じく結婚式に招待された友達計4人で出かけた。ティンク・ティンクを見ることが目的だった。アルトのCMにでているのかな? ティンク・ティンクは週に6日間くらい出演していた。
8時半を15分ほど過ぎた頃、目的の場所に着いた。タクシーの運転手が場所を知らず少し迷ってしまった。入口に近づくとドラムとベースの音が響いてきた。懐かしい響きだった。ライブはもう何年も経験していなかった。
今日のライブはりんけんバンドだった。
ラッキーだった。(ティンク・ティンクも見たかったのですよ。旬の魅力が楽しめたはずです。) りんけんバンドは月に2,3回しかライブを行ってなかった。8時半開始なので既にライブは始まっていた。席も満席で立ち見で良ければ入場は可能であった。ワンドリンク付きで2000円、ラストオーダーは終わっていた。みんなお腹がすいていただろうが、どうせだから見ていこうということになった。私は一人でも見るつもりであったが、みんなといっしょに見れて良かった。
上原知子はネーネーズを教えてくれたOさんが一番好きな沖縄の歌手だったのではないかと思う。「No1は上原知子だね」と言っていたのを憶えている。
ライブハウスの客層は30代以上の人々が多いように感じたが、初老の方から子ども、赤ちゃんまでいた。前の方には、りんけんバンドサポーターと書かれたおそろいのTシャツを着た人たちが固まって座っていた。けっこう常連の人が多いような感じだった。

上原知子の歌が始まった。
うまい。すごくやわらかい。
ネーネーズのユニゾンのような微妙な揺らぎとバイブレーションはなく(一人だから)、背筋がゾワゾワっとはこないが、背中ではなく、胸に来る。胸一杯に暖かさが広がる。声のやさしさ、愛に、包まれる、胸がいっぱいに包まれるのを感じる。
愛は言葉にすることができません、でも感じることはできます。

バンドも長年ライブで鍛えているから、まとまりがあり、曲で、話で、芸で会場を盛り上げる。お客さんに還暦を迎えるなじみの人がいて、その人のちゃちゃとその受け答えが地元のバンドで、みんなに愛されていることを伝えてくる。

その日、6月25日は、上原知子さんの誕生日だった。記念に花束が贈呈された。

会場一杯に、愛が、胸の暖かくなる愛が満たされたライブだった。

ライブ終演後、店の前でファンとの交流の時間が設けられていた。
一番新しい上原知子のソロアルバム 『うまち』 を買ってサインをしてもらった。
「ああ、胸がいっぱいですごいです」と、訳のわからないことを、上原知子さんに言って、
「だいじょうぶですか」と声をかけられ、
「今日は知子さんの結婚式に出て、ここに来たら、知子さんの誕生日で、ちなみにうちの嫁さんもトモコといいます」と、ばかなことを言って、
「そうですか。奥さんを幸せにしてあげて下さい」
という、ありがたい御言葉を頂戴することができました。

次の日、車の中で聞いた 『うまち』 は、アコースティックで、やわらかく、ひじょうにやさしい音でした。

B0002J56ZIうまち
上原知子

by G-Tools

カラハーイhttp://www.rinken.gr.jp/index.html
上原知子http://homepage2.nifty.com/ryukyuko/html/shimauta-tomoko.htm
りんけんバンドhttp://homepage2.nifty.com/ryukyuko/html/shimauta-rinken.htm

細野晴臣'93年のCD『メディスン・コンピレーション MEDICINE COMPILATION』 7.マブイ・ダンス#2 MABUI DANCE #2 沖縄民謡仲島節 がアンビエントになっています。誰が歌っているんだと思ったら、上原知子でした。これが意識していいと思った最初の上原知子。今となってはめずらしくないかもしれませんが、衝撃でした。メディスン・コンピレーション
メディスン・コンピレーション

おすすめCD
琉球レアグルーヴ ~Shimauta Pops in 60's -70's
琉球レアグルーヴ ~Shimauta Pops in 60's -70's
http://www.polystar.co.jp/contents/release/data/2003_08/MTCH1056.html
http://homepage2.nifty.com/ryukyuko/html/shimauta-minyou.htm上から3枚目です。
■ ネーネーズと 沖縄の歌と バカボンのパパ
2005年06月29日 (水) 23:23 * 編集
もう13年ほど前の話だ。
職場の上司が、「ネーネーズのライブに行かないか」と誘ってくれた。その上司、Oさんは、沖縄が好きで、ネーネーズとは沖縄のグループとのことだった。「ネーネーズ?」 初めて聞く名前だった。なんかふざけた名前に聞こえたので、お笑いのグループかな? とも思った。Oさんはお笑いも好きで、お笑いのライブにもよく行っていたからだ。Oさんは、酒が好きで毎晩のように飲みに行っていたが、私を誘うことはまずなかった。非常に珍しかったので、ひょっとしたら初めて?また非常にいいよと言うので、ネーネーズのことはよく知らないまま付いていった。 
場所は六本木のピットインで、2枚目のCDはまだ出ていなかったと思う。
舞台に沖縄の衣装を着た、おねえさん4人組が出てきた。そしてバレーボールの監督みたいなおじさんも出てきた。この人が知名定男だったのだが。
そしてライブが始まった。
歌が歌われた。声が流れてきた。ユニゾンで歌われる4人の声の響きが私を直撃した。
背筋がゾワゾワした。
ああなんか全てが許されていた。
「これでいいのだ、これでいいのだ」といわれている気がした。
歌詞の意味は沖縄の言葉なのでほとんど理解できてはいなかった。
ただ涙が溢れてきた。涙はとどまることを知らなかった。恥ずかしいから、何度も泣くのを止そうと試みるのであったが、その努力は無駄であった。
ライブの間中ずっと泣いていた。そんなことは初めてだった。
ライブ会場はそんなに広くなく、かなり前の方に座れていた。私は一番通路側に座っていた。
ライブの最後の方で、「テーゲー」が歌われる時、ネーネーズはお客さんにコーラスを求めた。

♪テーゲー小(ぐわー)ヤサ テーゲー  (ネーネーズ)
♪テーゲー小(ぐわー)ヤサ テーゲー  (お客さんコーラス)

泣きながらいっしょにコーラスした。途中でネーネーズが客席に降りてきて(ライブハウスだから目の前だけど)お客さんにマイクを向けて歌わせた。泣きながら歌っていたせいか、単に席が良かったからか、マイクが私にも向けられ、歌わされてしまった、2回も。(密かな自慢でした)

テーゲーを漢字で書くと「大概」だそうだ。
歌詞の意味を確認すると、

物事をそんなに思い詰めても なるようにしかならない
何とかなるさ 
どうにかなるさ 

という意味であった。
まさに、
「これでいいのだ、これでいいのだ」
のバカボンのパパ状態であった。

当時は精神的にかなり無理をしていた時期であった。
自覚は無かったのだが、今から思えばそうとう無理をしていたように思う。


残念なことに、ネーネーズのCDを聞いても、背筋がゾワゾワしない、鳥肌が立たない。もちろん、悪いことはなく、良い、普通に聞けば非常に良いのだが、ライブで感じるあれ、鳥肌、はない。ライブバージョンを聞いてもいっしょだ。単に、生との違いだからしょうがないと言われてしまえばそれまでだが、大切な何かが録音、あるいはマスタリングの過程で消えてしまっているように感じられる。一度FMのゲストに出演しているのを聞いたことがあって、余興でちょっとだけマイクの前で歌ってくれた。ゾワゾワっときた。鳥肌がたった。FMの音は広がりが感じられるから、そのせいかもしれないのだが。
ネーネーズも代替わりをして最初のメンバーは残っていない。今は2代目になっている。2代目のネーネーズはまだ聞いたことはない。(近々聞く予定ではあります。)

ライブに誘ってくれたOさんとはその後、10年以上接触がなかった。そのOさんについて友人から連絡が入った。
Oさんが一週間以上会社を休んだ。しかも無断でだ。連絡も取れなかった。行きつけの飲み屋のマスターが、おかしいとOさんの部屋へ行った。Oさんは独身で一人暮らしだった。
部屋で亡くなっているOさんが発見された。
それから既に一年以上が立っている。




ネーネーズはこんなグループです
http://homepage2.nifty.com/ryukyuko/html/shimauta-nenes.htm
B00005IDHUIKAWU
ネーネーズ
インディペンデントレーベル 1991-04-10

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