「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。 「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
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■ 天国のうた
2005年12月19日 (月) 01:27 * 編集
世界は闇だった。
暗がりに包まれていた。
黒、真っ黒な世界ではない。グレイのような、茶色のような、黄色が混ざったような黒ぽい色だった。

世界は一瞬にして変わった。
光に包まれた。乳白色の柔らかな光に包まれた。世界は一面光だった。まぶしくはなくただひたすら白かった。
それは神の世界だった。
白い光の中に人の姿をした神様が立っていたのではなかった。
この光がそのまま神様だった。
それは一瞬にして了解されたことだった。
光の世界に包まれた時、この光が神そのものであり、神の世界であり、全てが赦され、全てが救われていることが分かった。
ただひたすらありがたかった。私の全てが赦されていた。全てが受け入れられており、全てが赦されていた。そのことをただただ感じるのであった。
その感覚は強烈なありがたさを感じさせた。ありがたくてありがたくて泣いた。腹の底から泣いた。声を張り上げて泣いた。大音声で泣いた。涙は止まらず、ありがたいと思う気持ちは止まなかった。
自らの罪深さは全て見られていた。それにも関わらず、罰はなかった。
ただ赦されていた。赦されている自覚が、自らの罪深さをあぶり出し、申し訳ない気持ちが溢れてくる。しかし、それは全て赦されているのであった。
ただ泣いた。
光はただ私を包んでいる。何も言ったりはしない。
愛と赦しを与えてくれていた。
自らの罪深さを感じた。
しかしその罪深さは全て赦されていた。
赦しの慈愛の強烈さ、それはただただ愛であった。

みんなは赦されていた。全ては赦されていた。
全てはそのままで赦されていた。救われていた。
ありのままで完璧だった。
救われる者と救われない者がいるのではなかった。
善人と悪人がいるのではなかった。
殺す者と殺される者は同じであった。同じ土俵の上でゲームを演じているのであった。
全ては平等であった。
全てはここに来るためのものであった。
みんな同じ土俵の上でそれぞれの役割を演じていた。
それは勉強、ここに来るための勉強であった。
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■ Comment
・言葉
ここに言葉を出すと蛇足になりそうですが、
力強い、うたですね。
2005/12/19(月) 23:01:53 * URL * 古野SAWAKO #-[編 集]
・ありがとうございます
うたです。
2005/12/20(火) 00:17:43 * URL * シコオ #-[編 集]
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