「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。 「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
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■ 蘇我入鹿の邸宅跡か 甘樫丘、書紀の記述裏付け
2005年11月16日 (水) 00:45 * 編集
蘇我入鹿の邸宅跡らしきものが発掘された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051113-00000132-kyodo-soci

2001年に、ネパール王族殺害事件が起こった。

ディペンドラ皇太子は結婚(希望)相手について王族ほぼ全員に反対されていたことから、毎週定例の王族パーティ(この事件によって初めてその存在が一般になったという)に出席した際に銃を乱射。父・ビレンドラ国王(当時)を初め王族がほぼ皆殺しになり、皇太子自身も直後に銃で自殺している。

これによりたまたま地方視察のため欠席していて生き残った王弟(ビレンドラの弟)ギャネンドラが王位につくことになった。

その際、真っ先に連想したのは、「あっ、大化の改新(乙巳の変)が起こった」ということだった。

この事件はあまりにも突発的な上、公式発表および政府のその後の対応においていくつかの不可解な点がある。

王族が全員集合していたのにギャネンドラだけが欠席していたこと
出席していた王族の中でもギャネンドラの息子(現皇太子)のみ生き残った(しかも無傷で)だったこと
その家族も妻が足を負傷したのみで、全員死を免れている。
周囲を警護していた国軍(入室は許可されていなかったという)が物音に気づかなかったという点
ディペンドラの不自然な自殺の仕方
銃による自殺であるが、弾丸が後部から入っており実行しようとすると無理な体勢をとらなければならない。
死亡した王族の葬儀が性急かつ非公開で行われた点
通常、王族や国家元首が死亡すると外交的にも国内的にも大々的な式典がおこなわれる(昭和天皇の大喪の礼など)のが通例だが、本事件後はそういった儀礼が一切なく、また国民にも非公開のうちに事件後数日で行われた。

当然、単なる連想であって、だからどうだということは全然ない。
21世紀の世の中で、マスコミュニケーションの発達により、事件が起こったことは、遠く離れた日本でも知ることはできた。そしてそのことが忘れられることはない。
この事件の真相は分からないが、ギャネンドラ国王がこの時「ギャネンドラ歴史書」を編纂して、それ以前の記録を焚書してしまう。そしたら公式に残る記録は、その「ギャネンドラ歴史書」のみになってしまう。それから仮に1000年が経ち、その事件以前の歴史を辿ろうとしても、文字に書かれた記録は「ギャネンドラ歴史書」しかない。そこには公式発表しか残っていない。
としたなら、それ以前のことを知るにはあまりにも不正確でしかない。
前国王は人気があり、ギャネンドラ国王は人気がないといわれる。
けれども、もし「ギャネンドラ歴史書」に前国王が暴君であったからその事件が起こった、国民の人気はなかったと書かれてあれば、とりあえずそれを信じるしかないのだ。

「蘇我入鹿の邸宅跡か 甘樫丘、書紀の記述裏付け」
という見出しだが、場所について正確であっても、蘇我氏について、大化の改新について正確にかかれているかどうかは分からない。
書かれた時以前のことを本当に知りうることは極めて難しいということだ。

当たり前の話だろうね。幻さ。全ての時間が。
坂口 安吾 『安吾新日本地理』 飛鳥の幻 

3 :名無しさん@6周年:2005/11/13(日) 17:37:19 ID:/iPKvx+u0
天皇家は今でも続いてるって知ったら、イルカさんも日本に来て初めて文明の力を知った中国人みたいにびっくりするだろうな。 2ちゃんねるのスレ


それにしても今この時期に発掘されるのもおもしろいものですね。

参考HP

王宮殺人事件 - 緊迫した1週間
http://www.binti.net/journal/document/

ネパール王家殺害事件の衝撃
http://tanakanews.com/b0624nepal.htm
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■ Comment
・こんにちは
シコオさん、コメントありがとうございました。
The Derek Trucks Bandって聴いたことないんですが、よさそうですね。今度聴いてみます。メンバーの人がクリシュナムルティを好きなのかな?
マドラスまで行かれたとはすごいですね!マドラス近郊のマダナパルというところはクリシュナムルティの生地ですが、訪問されたら面白かったかもしれません。
『シャンティ’95』楽しく拝見させていただきました。
サイババに会われたとは…す、すごい!(驚)
素晴らしい体験をされましたね。
ところでこの記事のギャネンドラとディベンドラって、私もニュースを見ていて「面白い名前だな」と印象に残ってます。(笑)
こういう国王の家庭ってものすごい歪んでますよね~…。フセイン一族の息子たちとかもすごい歪んでたし、こういうニュースを見ると、平凡な家庭に生まれてよかったとつくづく思います。

これからもよろしくお願いします。m(__)m
2005/11/20(日) 12:19:00 * URL * Jannita #99DFA69w[編 集]
・こちらこそ、よろしくお願いします
ジミヘンのギターの中に沈黙は宿る。
轟音が極まるとそこには静寂が・・・、中途半端のうるささは、騒がしいだけだ。
The Derek Trucks Band いいですよ。好みの音楽の傾向に添っているように思えました。クリシュナムルティにどう関係するか知りませんが、ジャケットが森の中で撮影されていたり、きっと好きなんでしょうね。
ちなみにネパールの友人にラジェンドラさんがいます。スワミ・ヴィヴェーカーナンダの本名はナレンドラです。
2005/11/20(日) 17:52:34 * URL * シコオ #-[編 集]
・忘れもしない・・・
2001年6月1日。
私は、カトマンドゥにいました。
それはそれは、衝撃的な出来事、事件でした。
TVに映し出される荼毘の様子をみんなでくいるように見た記憶が残っています。
真相は・・・・・ですね。

なるほど、大化の改新ですか!
2005/11/27(日) 20:49:07 * URL * がんが #-[編 集]
・いましたか
みんなはなんて言ってましたか。
うかつなことは言えないでしょうが。
あきらかにおかしいことは感じました。
ネパールはずっと混迷が続いているようですね。日本にいてニュースもほとんど伝わってこないのでよくは知らないのですが・・・
貧しいあの国の人たち、それでもあの優しい人たち、どうなっていくのでしょうね・・・
2005/11/27(日) 22:28:48 * URL * シコオ #-[編 集]
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