「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。 「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
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■ アシュラム 2
2006年06月03日 (土) 04:23 * 編集
 最初にインドへ行ってから4年後、再びインドへ行きました。新婚旅行でインドへいたのです。1999年の正月です。
 私はサイババの帰依者でした。スリランカからマドラスに入り、パラーニに行き、バンガロールを経由して、サイババのアシュラムのあるプッタパルティに向かう途中でした。
 ある小さな町の中を通っていた時です。遠くに痩せて小柄な老人らしきサドゥーが歩いているのが見えました。ぴかぴかのサフラン色(オレンジ色)のサドゥー服を着ていました。バスが走るその車窓からちらと遠くに見えただけなので、ほんの一瞬のことでした。遠くなので顔も全然見えませんでした。でも、なぜか、「あっ、カリダスババだ」と思っていましまいました。なんかすごく似ていたのです。その感じが。バスは走り一瞬にしてその姿は見えなくなりました。ハンピもそこからはそう遠くはないところにあります。(バスで一日近くかかるでしょうが)。
 「まさかね」と思いましたが、懐かしい思いと、カリダスババを軽んじる気持ちがあったことへの罪悪感と、あのやさしい存在に触れた時の感触が思い出され、いろんな気持ちが入り交じったなんともいえない思いに満たされました。
 バスは乾いた田舎道を走っていきます。
 しばらく走っていると、突然、愛に包まれました。
 何故か知らないけど、強烈に愛を感じたのです。そしてその愛はシルディ・サイババであると感じたのでした。むせび泣きました。愛に包まれると人はただ泣くだけではなかろうか、と思います。甘ちょろいのかもしれませんが・・・・。
 シルディ・サイは痩せた老人の姿で知られています。カリダスババも少しだけ似ている。そんな関連があったのかもしれませんし、そうではなかったのかもしれません。どちらにしてもふと、愛に出会ったしまった。
 そのような思い出があります。
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