2008年08月20日 (水) 18:08 * 編集
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「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。
「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
2006年05月30日 (火) 23:28 * 編集
アシュラムとはインドにおける霊的修行の場所のことを言う。
アシュラムは2カ所行ったことがある。 サイババの所(プッタパルティ、プラシャンティ・ニラヤム)と、マタンガにあるあるアシュラム、カリダスババというサドゥーがいた、場所はハンピにある。 サイババの所は一つの小さな村みたいな場所であり、どの位の人が生活しているのかな?、1000〜2000人くらいは常時いるのかな? 小さな地区ならすっぽり入るくらいの大きさだ。 一方マタンガのアシュラムは、カリダスババがアシュラムと言っていただけで?ババの住む小屋のことだ。そこをアシュラムと言っていたのだ。同じ宿に泊まっていた日本人の人と一緒に遊びに行っていた。たまにドイツ人の青年が、弟子だといっていたか、一緒にいることもあった。 そこでなにをするかというと、なにをするわけでもないのだ。ただいっしょにチラムを回すのだ。 カリダスババはシヴァ派のサドゥーだった。いつもほとんど切れ目なしに大麻を吸っていた。彼はインド人の痩せた老人で、白く長い髪と、白く長い髭を持っていた。英語もほとんど話せなく、話せる言葉は「ゴー」「カム」くらいだった。 私たちを呼びかける言葉は「ババ」であった。 「ババ、ゴー」 「ババ、カム」 「ババ、シャンティ?」 「シャンティ」という言葉は、カリダスババから教わったようなものだった。 最初は意味が分からなかった。 ババといっしょに過ごす内に「シャンティ」とはある意識の状態を指す、呼んでいることに気づいた。 平和な気持ち、満たされた気持ち、穏やかな気持ち・・・・ それらを合わせて、そうまったりした気持ち、当時はそんな言葉なかったな・・ ラブ・アンド・ピース そう、それは冗談でも、観念でも、概念でもなく、 ただそうある状態。 それが「シャンティ」なのだ。 カリダスババはいつも落ち着いていて穏やかだった。 偉そうな所は全然なく、少し猫背でとぼとぼ歩いてたように記憶している。 ババとは会話をほとんど交わしていない。 ババは当然日本語がしゃべれなく、私の現地の言葉をしらず、お互い英語もほとんど出来なかったから。 ただ一緒にいて、チラムを吸ったり、お菓子を食べたり、ご飯を食べたり、なにもせずに座っていたりする。 ただそれだけ。 話をする必要はなく、話さなくてはならないという気持ちもほとんど起きなかった。ただただ、穏やかな時間を一緒に過ごしただけだった。 ただそれだけで満足していたのだ。 2006年05月02日 (火) 01:27 * 編集
怒りには、怒らないことによって勝てる。
悪事には、良い行為で勝てる。 物惜しみには、分かち合うことによって勝てる。 真実によって、虚言の人に勝てる。 (223) 『ダンマパダ』 【解説】 なにを言われても、なにをされても、自分の心に怒りの火を点けないことです。人からののしられたり、「ぶんなぐられぞ」と言われても、「ああ、この人はわたしにかなり怒っているなあ」−−−ただ、そう受け取るだけでだけでいいのです。そうすれば、それ以上なにも起こりません。わざわざ争いの渦に飛び込むことはないのです。 今日、仕事上で理不尽なことを言われた。きつい言い方で・・・ 今までは同じ物言いで返していた。 初めてそれをかわすことができたように感じる。 たしかに、受け取らなければ、なにも起こらなかった。 なんか、うれしかった。 みんな普通にやっていることなのだが・・・ 昨日、母が来た。 母の心のザワザワが感じられた。 心がいらついた。 まだまだである。
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