「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。 「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
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■ 国歌斉唱
2006年04月12日 (水) 01:06 * 編集
小学校の入学式に行ってきた。

プログラムの2番が国歌斉唱だった。
私が子供の時はなかったことだ。
「君が代」は指揮者の先生がタクトを振り、ピアノ伴奏で歌われた。
児童は6年生と1年生だけなので、歌うのは6年生のみだ。一学年60~70人位だろう。
歌は非常に遠慮がちに歌われた。歌うことがまるで罪であるかのように。
式の最後に歌われた校歌と比較したらその印象に間違いはないことに気づいた。
この歌には戦争の記憶が色濃く残る。天皇を神とした国家神道の記憶と共に。
そして、その大日本帝国は戦争で負けて、日本国になり、天皇は人間宣言をした。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
こけのむすまで

現代語訳
君が代は、千年も八千年も、細石が大きな岩になってそれにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと続きますように。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

式は体育館で行われた。
校長先生のお話などは壇上で行われなく、児童たちと同じ床面で行われた。
今はどこもそうなのであろうか。
だから国歌は歌われたけれども、壇上に上がる際に行われていた礼は既に無かった。


国歌は遠慮がちに歌われたけれど、それは児童が遠慮がちであっただけではない。
私自身もその歌は知っているにもかかわらず、いっしょになって大きな声で歌ったわけではないのだ。
その歌声にただ胸を打たれ、いっしょにかすかにつぶやき、頭の中で歌詞を追っていただけだったのだ。
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