「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。 「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
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■ ネーネーズと 沖縄の歌と バカボンのパパ
2005年06月29日 (水) 23:23 * 編集
もう13年ほど前の話だ。
職場の上司が、「ネーネーズのライブに行かないか」と誘ってくれた。その上司、Oさんは、沖縄が好きで、ネーネーズとは沖縄のグループとのことだった。「ネーネーズ?」 初めて聞く名前だった。なんかふざけた名前に聞こえたので、お笑いのグループかな? とも思った。Oさんはお笑いも好きで、お笑いのライブにもよく行っていたからだ。Oさんは、酒が好きで毎晩のように飲みに行っていたが、私を誘うことはまずなかった。非常に珍しかったので、ひょっとしたら初めて?また非常にいいよと言うので、ネーネーズのことはよく知らないまま付いていった。 
場所は六本木のピットインで、2枚目のCDはまだ出ていなかったと思う。
舞台に沖縄の衣装を着た、おねえさん4人組が出てきた。そしてバレーボールの監督みたいなおじさんも出てきた。この人が知名定男だったのだが。
そしてライブが始まった。
歌が歌われた。声が流れてきた。ユニゾンで歌われる4人の声の響きが私を直撃した。
背筋がゾワゾワした。
ああなんか全てが許されていた。
「これでいいのだ、これでいいのだ」といわれている気がした。
歌詞の意味は沖縄の言葉なのでほとんど理解できてはいなかった。
ただ涙が溢れてきた。涙はとどまることを知らなかった。恥ずかしいから、何度も泣くのを止そうと試みるのであったが、その努力は無駄であった。
ライブの間中ずっと泣いていた。そんなことは初めてだった。
ライブ会場はそんなに広くなく、かなり前の方に座れていた。私は一番通路側に座っていた。
ライブの最後の方で、「テーゲー」が歌われる時、ネーネーズはお客さんにコーラスを求めた。

♪テーゲー小(ぐわー)ヤサ テーゲー  (ネーネーズ)
♪テーゲー小(ぐわー)ヤサ テーゲー  (お客さんコーラス)

泣きながらいっしょにコーラスした。途中でネーネーズが客席に降りてきて(ライブハウスだから目の前だけど)お客さんにマイクを向けて歌わせた。泣きながら歌っていたせいか、単に席が良かったからか、マイクが私にも向けられ、歌わされてしまった、2回も。(密かな自慢でした)

テーゲーを漢字で書くと「大概」だそうだ。
歌詞の意味を確認すると、

物事をそんなに思い詰めても なるようにしかならない
何とかなるさ 
どうにかなるさ 

という意味であった。
まさに、
「これでいいのだ、これでいいのだ」
のバカボンのパパ状態であった。

当時は精神的にかなり無理をしていた時期であった。
自覚は無かったのだが、今から思えばそうとう無理をしていたように思う。


残念なことに、ネーネーズのCDを聞いても、背筋がゾワゾワしない、鳥肌が立たない。もちろん、悪いことはなく、良い、普通に聞けば非常に良いのだが、ライブで感じるあれ、鳥肌、はない。ライブバージョンを聞いてもいっしょだ。単に、生との違いだからしょうがないと言われてしまえばそれまでだが、大切な何かが録音、あるいはマスタリングの過程で消えてしまっているように感じられる。一度FMのゲストに出演しているのを聞いたことがあって、余興でちょっとだけマイクの前で歌ってくれた。ゾワゾワっときた。鳥肌がたった。FMの音は広がりが感じられるから、そのせいかもしれないのだが。
ネーネーズも代替わりをして最初のメンバーは残っていない。今は2代目になっている。2代目のネーネーズはまだ聞いたことはない。(近々聞く予定ではあります。)

ライブに誘ってくれたOさんとはその後、10年以上接触がなかった。そのOさんについて友人から連絡が入った。
Oさんが一週間以上会社を休んだ。しかも無断でだ。連絡も取れなかった。行きつけの飲み屋のマスターが、おかしいとOさんの部屋へ行った。Oさんは独身で一人暮らしだった。
部屋で亡くなっているOさんが発見された。
それから既に一年以上が立っている。




ネーネーズはこんなグループです
http://homepage2.nifty.com/ryukyuko/html/shimauta-nenes.htm
B00005IDHUIKAWU
ネーネーズ
インディペンデントレーベル 1991-04-10

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