2008年08月20日 (水) 18:02 * 編集
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「シャンティ」はインドの言葉で「平安」を意味する。
「シャンティ」であるならばなにもいらない、完全な満足、そんな状態。普通に生活する中で、常にそうありたいものです。
2006年04月12日 (水) 01:06 * 編集
小学校の入学式に行ってきた。
プログラムの2番が国歌斉唱だった。 私が子供の時はなかったことだ。 「君が代」は指揮者の先生がタクトを振り、ピアノ伴奏で歌われた。 児童は6年生と1年生だけなので、歌うのは6年生のみだ。一学年60〜70人位だろう。 歌は非常に遠慮がちに歌われた。歌うことがまるで罪であるかのように。 式の最後に歌われた校歌と比較したらその印象に間違いはないことに気づいた。 この歌には戦争の記憶が色濃く残る。天皇を神とした国家神道の記憶と共に。 そして、その大日本帝国は戦争で負けて、日本国になり、天皇は人間宣言をした。 君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで 現代語訳 君が代は、千年も八千年も、細石が大きな岩になってそれにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと続きますように。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 式は体育館で行われた。 校長先生のお話などは壇上で行われなく、児童たちと同じ床面で行われた。 今はどこもそうなのであろうか。 だから国歌は歌われたけれども、壇上に上がる際に行われていた礼は既に無かった。 国歌は遠慮がちに歌われたけれど、それは児童が遠慮がちであっただけではない。 私自身もその歌は知っているにもかかわらず、いっしょになって大きな声で歌ったわけではないのだ。 その歌声にただ胸を打たれ、いっしょにかすかにつぶやき、頭の中で歌詞を追っていただけだったのだ。 2005年11月20日 (日) 23:55 * 編集
聖徳太子の言葉を紹介します
伊予の国 風土記 逸文 湯の郡 伊社迩波の岡 碑文には次のように記されている。 法興六年(596)十月、我が法王大王(聖徳太子)と恵慈法師及び葛城の臣たちが伊予の村を逍遙なさり、正にこの神々しい湯元を御覧になり、格別霊妙な薬険があることを讃嘆なさって、温泉の顕彰を文章としてまとめたいとお思いになられた。そこでこの碑文一篇をお作りになられたのである。 思案するに、ああ、日光や月光は天上から万物を照らして差別がない。霊妙な温泉も地下から湧き出て万民が浴びないということがない。世の政治とはこのようであってこそうまく行くものであり、国民もこのようであってこそ深く静かに仰ぐものである。このように天からの日照月照また大地からの泉給に偏りがないように、この地は政治においても偏りがなく、これこそ天寿国(仏教上の理想楽土)となんら異なることはない。花の萼(がく)の開合に合わせるように泉源は開合し、人々はこの神々しい温泉に浴して皮膚病などを治すのである。 新編日本古典文学全集 (5) 風土記 小学館 506〜507p 2005年11月16日 (水) 00:45 * 編集
蘇我入鹿の邸宅跡らしきものが発掘された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051113-00000132-kyodo-soci 2001年に、ネパール王族殺害事件が起こった。 その際、真っ先に連想したのは、「あっ、大化の改新(乙巳の変)が起こった」ということだった。 2005年11月15日 (火) 00:28 * 編集
昨日、久しぶりにニュースを見た。NHKの夜7:00のニュースだ。
東名高速7人死亡のニュース、町田の女子高生殺人のニュースがトップで流れた。久しぶりに見る映像は生々しく、殺伐としていた。単に事故の、事件の現場の映像を流しているだけだから、いわゆるショッキングな映像が流れたわけではない。それにもかかわらず、その映像は非常にとげとげしく感じられた。 普段は、ネットか、新聞でしかニュースを見ていない。そこで見られる写真と、実際に動いている映像は全然違ったものだった。なんかやっぱり殺伐としてますね。 数年前、久米宏がニュースステーションを辞めた。以前、もう大昔だが、ザ・ベストテンの司会を辞めた。子供心になぜこんなに人気があるのに辞めたのだろうと思った。それからしばらくしたら歌謡曲が終わってしまった。今は紅白歌合戦などにその痕跡が伺えるだけになっている。 その久米宏がニュース番組を辞めた。ニュースの時代が終わるということか、と思った。まさか、と思ったが、あっさりニュースの時代が終わってしまった。ちょっと前まで、ニュースと言えば政権のことを批判するのが当たり前だと思っていたが、今は全くの垂れ流し、それも意図的に論点を隠し、どうでもいいことだけを報ずる。ニュースは完全にプロパガンダの道具としてしか機能していないように思える。 税金もばんばん上がりそうだけど、内閣支持率は高い。 おかしい。報道がおかしいのか、国民がおかしいのか、両方なのか。 新聞は戦争中の大本営発表を鵜呑みにした報道が日本を誤った道に導いたとして、その道を辿らないことを自らの戒めにしている、といったことをよく言っていたように思う。 なんていうことはない。 あっさり大本営は復活してしまっている。非常にたちが悪い。一体どういうことかと思う。 冷戦でソ連がアメリカに負け、世界は一つになった。日本では昭和が終わった。 日本はソ連に対抗するため味方に入れられていた。敵はソ連で、日本は味方だった。ソ連という敵がいなくなったので、敵は日本になった。 冷戦世界で過剰適応していた日本は、冷戦後の世界に適応できず、負け続けている。 未だに負け続け、とうとう日本という骨格が溶解しようとしている。もう政府は米国に無条件降伏をしてしまったように思える。 障害者自立支援法案もあっさりと成立した。 皇室典範が書き換えられ女系天皇が認められようという動きに変更はない。 明らかに日本という枠を壊す意図が明白だ。 一番最後に手をつけなければいけないことを最初にする。 日本の根幹に関わることを早急に進めようとする。 女性天皇と女系天皇を混在させ、ごまかしている。違い問題点を報じない。 滅ぶ時はこうやって滅ぶのかなー、とも思う。 2005年11月02日 (水) 23:00 * 編集
「東京には空虚な中心がある」とは、フランスの思想家ロラン・バルトであった。
「千代田区にでっかい公園を」と歌ったのは、レゲエDJランキン・タクシーであった。 「皇居を見下ろすことになるから、ホテルの建築が中止になった」と猪瀬直樹は『ミカドの肖像』で書いた(と思う)。 東京には、ぽっくりと中心に緑の広がる土地がある。 ホテルの建設が中止になった牧歌的な時代は終わりを告げ、今はパソコンの画面から皇居の詳細が衛星画像を通して見ることができる。Google Earth だ。少し前に軍事機密が分かってしまうので、どこかの国から抗議が来ただか何か問題が起きたことがニュースになっていた。この画像を見たら驚く。天皇家の誰かが歩いていたら分かるのではないか、と思われるほど鮮明な画像だ。 今年の頭に、皇居が見渡せるホテルに泊まった。部屋の窓から吹上御所の屋根?も見渡せた。その時『ミカドの肖像』のことが頭をかすめたが、Google Earthはそれ以上だ。 http://earth.google.com/真ん中くらい Get Google Earth (Free Version)をクリックし現れたページからDownload Google Earth.exeをクリックしてダウンロード、ダウンロード後実行してインストール 日本列島東京を拡大すると"Imperial Palace, Tokyo, Japan“"Tokyo" lat=35.67, lon=139.77 が現れます。 ホテルの窓から皇居を見た時思ったことは、「皇居は空虚な中心なんかではない」ということだった。 |
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